本当の理由を自分で理解した
2008年2月のこと。
偶然、まさに偶然であった。たまたま点けたテレビでデルレイビーチの決勝戦を放映していた。
「錦織圭って、松岡修造の指導番組で出てた子やないか。こんなプロの試合に出てるんやね」
それが始まりだった。
自分は、テニスは2回だけしたことがある。予備校生のときと就職したとき。面白いとは思わなかった。当たらないし、当たったとしても、ネットに引っかかるか、フェンスを超えていくか。
面白いわけがない。
でも、錦織圭のテニスは凄いと思った。学生の時、テレビでボルグとかコナーズとかアガシとかのプレーを観たことはある。もちろん、神和住純や松岡修造の試合も観たことはある。
しかし、錦織圭のプレーは衝撃的だった。
それから、私の『追っかけ』が始まった。
放映される(TVだけでなく、ネット配信も)試合は、ほぼ全て観た。リアルタイムに観れないときでも、リプレーは必ず観た。
で、今がある。
そろそろ引退してもいい年齢ではあるのは確か。しかし、これは、過去の常識かな。
まだまだ現役でいてもらいたい。
直前の欠場や途中棄権があったとしても、現役継続を期待する。
何故だろう?
「もう十分じゃないのか?」という思いはある。
「これからの第2の人生というものを考えてもいいのではないか?」とも。
しかし、もう一度、大会で優勝して喜ぶ姿が見たいのだ。
グランドスラムは無理かもしれない。マスターズも厳しいだろうか。
要は、大会の規模じゃない。
一つ一つの大会なのだ。究極的には、一つ一つのゲームなのだ。

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